~通いの場からの便り~
長野県駒ヶ根市

「通いの場」を住民主体の運営へ転換 利用者と運営スタッフがともに支え合う拠点に

高齢者人口が増加の一途をたどる昨今、地域の高齢者の介護予防や生活支援は喫緊の課題です。しかし、行政の力だけで、高齢者の生活や介護予防への取り組みを支援するのには限界があります。長野県駒ヶ根市では、一般介護予防事業として介護事業所へ委託していた通所型介護予防事業「ほのぼの倶楽部」を、住民運営による「通いの場」へとシフトチェンジしました。地域のアクティブシニア層が運営スタッフになり高齢者たちの生活や健康づくりを支え、高齢者との交流により支える側のシニア層もまた生きがいを得るという理想の地域社会。この取り組みを実現させた関係者に、どのように住民主体の「通いの場」を作り上げていったのか、運営のポイントを聞きました。

✔ポイント
・介護予防拠点から支え合い拠点へ
・市内に16ある行政区すべてに第2層生活支援コーディネーターを配置
・アクティブシニア層が運営スタッフとして活躍
・男性が参加しやすい役割をつくり、「通いの場」への参加率もアップ
・地域の力に支えられ、官民一体となって高齢者を支えていく

市内に16ある行政区に160カ所の「通いの場」を展開

長野県南部に天竜川を挟んで東西に伸びる駒ヶ根市。中央アルプスと南アルプスを望む立地から「アルプスがふたつ映えるまち」を謳(うた)っている、美しい自然に囲まれた地域です。現在、市の人口は3万2000人ほど。そのうち65歳以上が占める割合は約31%ですが、市内には山間部も多く含まれ、場所によっては高齢者の割合が非常に高い限界集落となっているところもあります。

高齢者が多い地域ゆえ、人と人とがつながり継続的に取り組む「通いの場」の拡充が必要でした。駒ヶ根市役所の松澤澄恵さん(地域保健課 地域ケア係長)によると、2000年から16年間続けた委託事業「ほのぼの倶楽部」の参加者は、廃止を検討した2016年時点で約160名でした。

「駒ヶ根市では、高齢者が要支援や、要介護1や2の認定を受ける原因疾患がフレイルに起因するものが多く、要介護3以上は認知症が多いという現状から、もっと多くの人に『通いの場』に足を運んでもらい、馴染みの場所で馴染みの顔ぶれとフレイル予防、介護予防のための取り組みに参加してもらいたい、という課題がありました。そのためには、高齢者が通いやすいよう、家の近くの集会施設に『通いの場』があるという状態までサロンを増やし、地域の人たちに主体となって運営してもらうことが不可欠と考え、1年の準備期間を経て2018年から住民主体の『通いの場』へと転換を図りました」

駒ヶ根市は16の行政区(自治組織)からなりますが、現在、市内には約160カ所もの「通いの場」があり、新型コロナウイルス感染症の影響で約1300人に減少したものの、コロナ禍以前には1800人もの高齢者が近くの「通いの場」に参加するまでになりました。

運営スタッフはアクティブシニア層

住民主体の「通いの場」を地域に浸透させていくキーポイントとなったのが、すべての行政区に一人ずつ配置されている第2層生活支援コーディネーターの存在です。

生活支援コーディネーターは、第1層と第2層から成り立ちます。第1層は市町村全域、第2層は日常生活圏域において、地域のニーズに合った生活支援サービスが行われるよう、生活支援の担い手の養成や不足しているサービスの開発、関係者のネットワークづくり、サービスを必要としている人と提供する側のマッチングなどの役割を担っています。

駒ヶ根市全体を見ている第1層生活支援コーディネーターの松原智文さん(NPO法人地域支え合いネット理事 兼 駒ヶ根市地域包括支援センター)はこう話します。

「住民運営へ転換するにあたり各区への人員配置をお願いした際に、第2層生活支援コーディネーターの多くを行政区の元区長さんが担ってくれたのが大きなポイントでした。結果的に、各地域の特性や既存の組織、住民たちのことをよくわかっている方々に担当してもらったことで、地域のニーズを掴み住民の理解を得て、スムーズに『通いの場』を進めていくことができたと思います」

駒ヶ根市にあるそれぞれの「通いの場」には多くの人が集う=駒ヶ根市役所提供

中でも、行政区の中で2番目に多い約3500人の住民を抱える行政区「町二区」で、初代の第2層生活支援コーディネーターを務めた吉川民由(たみよし)さん(75歳)には、組織づくりに奔走してもらったといいます。

駒ヶ根市の「通いの場」を運営スタッフとして支えるアクティブシニア層の吉川さんと、その後を引き継いだ現コーディネーターである小池政幸さん(71歳)にもお話を聞きました。

「当時、町二区内で25名の方が『通いの場』の運営スタッフに名乗りをあげてくれました。結果、町二区で15ほどの『通いの場』を立ち上げられました。最も大変だったのは、住民運営の『通いの場』以前にあった『ほのぼの倶楽部』に通っていた利用者に不便のないよう、サービス内容を維持したままいろいろなサロンを立ち上げたことでしたね」(吉川さん)

「第2層生活支援コーディネーターの任期は2年。無我夢中で取り組むうちにだんだんと地域の高齢者が生き生きしてくることを感じましたし、私自身『ありがとう』と声をかけてもらえることが、楽しみ、やりがいにもつながっています。自分が地域に貢献できることもわかってきて、この役割を担って良かったと思っています。だからこそ、任期を終えたらまた次の人にバトンタッチをして元気なアクティブシニア層を増やす。それに運営スタッフが代われば、新しい風が吹き新たなアイデアが生まれますから『通いの場』の発展にもつながると思います」(小池さん)

「通いの場」が地域に力を与える=駒ヶ根市役所提供

コーディネーターはさまざまな役割を担いますが、それでも小池さんはやりがいを強く感じています。
「利用者の送迎などもしていますが、主な役割としては企画をどう実現させて運営していくかを考えたり、関わってもらう団体や個人をつなぐ窓口を担当しています。先輩コーディネーターから受け継いだバトンをしっかり受け止め、自分たちの力で、地域の人たちに明るく健康的な生活を送ってもらいたいという意気込みのもと、まんべんなく集まる場所を作ろうと取り組んできました。また、『通いの場』の参加に消極的な男性にもっと集まってもらうにはどうすればいいかという課題に対しても、ウォーキングやボッチャ(ヨーロッパ発祥のスポーツ)などができる『通いの場』を作りました。『お茶飲み会』『いきいき元気教室』『演歌体操』など、町二区だけでも現在19のサークルが活動しています」

第2層生活支援コーディネーターが各行政区に存在し窓口として機能するからこそ、高齢者の家を回っている民生委員からの相談を受けることもできます。高齢者の様子を運営スタッフのアクティブシニア層がきちんと把握していることで行政と住民が一体となり、取りこぼしを減らすことにもつながっています。

「通いの場」にかかわる男性比率を増やすためには

駒ヶ根市では、60〜70歳代の男性が、送迎や見守り隊など「通いの場」のスタッフとして大いに活躍をしています。全国的には運営側も利用者側も「通いの場」への参加は男性比率が低いですが、駒ヶ根市では多くの男性アクティブシニア層が参加していることも特長です。

男性が得意な役割や活躍の場を得ることで、周りの男性にも声をかけて輪が広がっていく好循環も生まれています。

男性アクティブシニア層が「通いの場」の送迎でも活躍=駒ヶ根市役所提供

「男性に『みんなで集まってお茶しましょう、体操しましょう』と誘っても、なかなか参加してもらえません。けれども、『手伝ってほしいことがあります』『こんな仕事をしてもらえないでしょうか』と声をかけることで、喜んで引き受けてくださる方もいます。役割があることで、これまで地域での活動にあまり積極的でなかった男性が地域に溶け込むきっかけとなり、生きがいのひとつになっているかと思います」と第1層生活支援コーディネーターの松原さんも話します。

介護予防拠点から支え合い拠点へ

「通いの場」の利用者からの喜びの声が、運営スタッフのアクティブシニア層にとっても大きな励みになっています。利用者からは、「毎週こういう場を作ってくれて本当にありがたい」「皆に会えるのが楽しみで仕方ない」といった声も聞こえてきます。住民運営型の「通いの場」が生まれて、確実に元気な高齢者が増えていることを松原さんも実感しています。

「認知症と診断された方が利用者としてだけでなく運営スタッフ側としても活動するような事例が生まれてきたことも、駒ヶ根市の特長のひとつだと思います。ほかにも、脳卒中の後遺症があり閉じこもり気味の生活を送っていた一人暮らしの男性が、「通いの場」に参加するようになってからは心身の状態がどんどん改善し、参加者のリーダー的役割を担う様になったという事例もあります」

脳卒中の後遺症があった男性は、「通いの場」への参加のほかにも生活支援ボランティアによる外出の付き添いや見守り活動などで積極的に外出するようになり、見違えるように元気になっていったそうです。

このように、アクティブシニア層をはじめとする多くの住民の熱意とネットワークの広がりにより、どんどん増えていった「通いの場」はより理想的な形に変化しています。

「当初は介護予防拠点として見ていた『通いの場』が、人と人をつなぐ役割を果たし、3年目を迎える頃には、住民による支え合いを生み出す場へとシフトしていきました。今では、人々が集うだけでなく、お互いに見守りや相談、ケアをする場所へと多機能化しています」と駒ヶ根市役所の松澤さんは話します。

体操やウォーキング、ボッチャなど多くの企画が「通いの場」で開催されている=駒ヶ根市役所提供

前コーディネーターの吉川さんは、現在も運営スタッフとして送迎の仕事をしながら、自身も「通いの場」への参加を楽しみにしています。
「75歳の私はいくつかの『通いの場』にも参加していますが、それでも運営スタッフとして送迎のような活動を続けることが自分のボケ防止にもなっている気がしています。認知症などを少しでも先送りにする効果もあるのではないかと思います。今、利用者の支援をしている運営スタッフも、いつかは支援を受ける立場になります。これが受け継がれることであり、人と人のつながりであり、駒ヶ根市の『通いの場』のいいところなのだと思います」

同じ地域に住む者同士、「通いの場」で知り合い交流が深まると、「あのおばあちゃん、最近顔を見ないけどどうしたかな」「買い物の手伝いをしに、ちょっと様子を見に行こうか」とお互いを気遣うようになります。それが、お互いを見守り、支え合うことにつながっていきます。

「支える側」と「支えられる側」が二手に分かれるのではなく、どちらも同じ仲間として、同じ場所に通うこと。それは、専門家ではなく、地域住民が主体となって運営する「通いの場」だからこそ、成り立つ関係性です。双方が手を取り合って地域の課題を解決する姿が、駒ヶ根市には根付きつつあります。

地域住民が作る「通いの場」は全国のモデルケースに

保健師である松澤さんも元保健師の松原さんも、その立場から強く感じていることがあるそうです。
「吉川さん、小池さんのような力強い地域の先輩方に本当に支えられていることを日々感じています。どんなに頑張っても、行政や専門職だけでは、地域の支え合いの強い体制づくりは不可能です。皆さんの協力なくしては、ここまでの『通いの場』を進めることはできなかったと思います」(松原さん)

「駒ヶ根市のように介護資源の乏しい自治体ではなおさら、制度だけで高齢者を支えることに限界を感じていました。そんな頃、ある方に『地域の力をもっと信じなさい』と言っていただいたんです。いまはその言葉を深く実感しています。地域の住民の方と一緒に企画を立てて、地域とつながるなかで、皆さんのネットワークに助けられていることを日々感じますし、いつも頼りにしています」(松澤さん)

駒ヶ根市のように、「通いの場」を運営する側とサービスを受ける利用者側が、お互いを支え合い、好循環を生み出している事例は、各地のモデルケースになるものです。駒ヶ根市ではさらに行政、地域住民、高齢者間のコミュニケーションを活発化させて、世代を超えたネットワ-クの輪を広げていきます。

<団体紹介>

長野県駒ヶ根市

中央アルプスと南アルプスを望む、自然豊かな長野県駒ヶ根市。16の行政区に計160カ所もの「通いの場」を設置し、高齢者が家から近い馴染みの場所で地域の人たちと交流し、健康を保ち元気になれる体制を整えている。さらに、お互いに支え合う理想の地域社会を創出している。「第10回 健康寿命をのばそう!アワード」(介護予防・高齢者生活支援分野)で厚生労働大臣 優秀賞 自治体部門を受賞。

*おことわり
記事は2022年9月にオンライン取材したものです。新型コロナウイルス感染症の流行状況によって活動内容が変わることがあります。

トップページに戻る