~通いの場からの便り~
つげさんフレイル・ロコモ・認知症予防プロジェクト
(大阪河﨑リハビリテーション大学/大阪府貝塚市)

オンライン体操とヘルスチェックでシニアのフレイル・ロコモ・認知予防を実現

2022年、わが国では100歳以上の超高齢者が初めて9万人を超えました。しかし一方では、介護を必要としない健康寿命は、男女ともに平均で70歳台にとどまっているのが実情です。

大阪河﨑リハビリテーション大学の働きかけで介護予防を目的とし、貝塚市福祉部高齢介護課、食品素材メーカーの不二製油株式会社(大阪府泉佐野市)、市民ボランティア、さらに60歳以上の市民参加者と、2018年から“産学官民”の取り組みがスタートしました。

プロジェクトの主な目的はフレイル・ロコモ認知症予防ですが、運動教室や参加者の自己評価などを通じて得られる情報をもとに、大阪河﨑リハビリテーション大学と不二製油の産学連携で、運動機能と栄養状態に関する研究も進めています。

✔ポイント
・市民も参加する“産学官民”連携プロジェクト
・市民ボランティアの育成で、介護予防の意識拡大
・リハビリテーション専門大学の高度な知識と経験の活用
・地元企業による栄養補助食品の開発

要介護・要支援を防ぐ理学療法

貝塚市は大阪湾に面した泉州地域にあり、人口は約8万2000人。泉州なすとつげ櫛生産地として古くから栄えていましたが、大阪・難波まで電車で30分程度の距離という地の利から、戦後はベッドタウンとして都市化が進みました。近年は高齢化率が上昇傾向にあり、令和2年度には27.30%と、65歳以上人口が2万2000人を超えています。さらに、「団塊の世代」が後期高齢(75歳)を迎える2025年には 28.2%に達する見込みです。

認知予防のプログラムの参加者 会場では感染対策がとられるなかで多くの来場者で賑わっていた

認知機能低下や足腰の衰えは、一般に75歳前後から顕著になり、要介護・要支援の認定を受ける人たちも、全国平均で70〜74歳が約6%に対して、75〜79歳は約13%に上昇しています。高齢化はすなわち、医療費・介護費の増加につながり、結果として自治体の財政にはマイナス要因となります。しかも、現役世代の経済的負担が大きくなるため、結婚をしない、子どもを作らないといった若い世代が今以上に増える可能性があり、少子高齢化に拍車がかかってしまいます。自治体にとっては人口減と税収減。頭の痛い問題です。そこで貝塚市は、2017年度から従来の「介護予防事業」の一部を見直して、介護予防把握事業、介護予防普及啓発事業、地域介護予防活動支援事業などを加えた「介護予防・日常生活支援総合事業」を開始。その翌年、タイミングよく、大阪河﨑リハビリテーション大学に今岡真和准教授(当時:助教)が着任しました。

つげさんフレイル・ロコモ・認知症予防プロジェクトリーダー 今岡真和さん(左)

今岡さんは、理学療法士として老健施設に勤務しながら、大阪府立大学大学院博士課程で研究生活を送り、博士号(保健学)を取得した経歴の持ち主です。大阪河﨑リハビリテーション大学で教壇に立つ前は、特任研究員として国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)で高齢期の予防老年学の研究を行っていました。

「理学療法は病気やケガなどのリハビリテーションのためだけでなく、予防医療にも役立てられます」と語る今岡さんは、着任後まもなく、寝たきりの原因ともなるフレイル(虚弱)と、筋力低下や骨粗しょう症などにより移動機能が低下する状態ロコモティブシンドロームの認知症予防のプロジェクトを貝塚市に提案しました。さらに、認知機能や運動機能の低下に影響を及ぼす栄養についても検討し、貝塚市の隣りにある泉佐野市に本社がある不二製油に連携を持ちかけました。こうして産学官連携の土台が整い、今岡さんが統括リーダーを務める「つげさんフレイル・ロコモ・認知予防プロジェクト」が誕生しました。

シニア世代の健康維持に役立ったオンライン体操教室

このプロジェクトでは、認知機能・運動機能の低下予防を目的に、コロナ前には市内45か所で、体操教室が開催されています。今岡さんが考案した「つげサンバ」の振り付けは、貝塚市のゆるキャラ「つげさん」の応援歌「つげサンバ」(作詞・作曲:池田夢見)に合わせたもので、市民になじみのある音楽を活用しています。

貝塚市のゆるキャラ「つげさん」の応援歌「つげサンバ」に合わせ、今岡さんが考案した振り付けで体を動かす

また、泉州特産のタオルを使った体操も考案。チラシや市の広報誌などで参加を呼びかけるなどして、シニア世代の参加者が増えていた時期に、新型コロナウイルスの感染拡大で、運動教室は休止を余儀なくされました。
とはいえ、貝塚市も今岡さんも手をこまねいて見ていたわけではありません。「オンラインを活用して自宅に居ながら体操していただくことを思いつきました。そして、公民館の館長さんや貝塚市福祉部高齢介護課の職員の方々と連携しながら、対面とオンラインとの両方向で体操教室を開催しました」(今岡さん)。
最初のうちは接続がうまくできないなど小さなトラブルもあったそうですが、YouTubeでオリジナル体操も動画配信して、参加者の運動機会を増やしていきました。

今岡さんは今回のプロジェクトで週1回の運動教室に参加しているグループと、運動教室に加え大豆飲料を摂取したグループで3ヶ月後の違いをみるランダム比較試験を行いました。その結果、大豆飲料を摂取したグループは計算力、認知機能に明らかなプラス効果が見られたそうです。

ドキドキの測定結果、市役所でヘルスチェック

2022年9月3日、貝塚市役所で午前と午後の2部に分けてヘルスチェックが開催されました。この教室では最新機器による筋量や歩行状態などの計測をはじめ、握力や骨密度などの測定も行われました。また、2時間ほどかけて行う自己評価アンケート調査では、市民ボランティアが参加者をサポート。

会場では最新機器による筋量や歩行状態、握力や骨量などの測定は多岐にわたっていた

コロナ禍でのヘルスチェック開催とあって、午前中に感染対策が取られるなかおおぜいの市民が集まりました。皆さん、大学が配布している申し込み葉書で予約した方々です。

「一昨年と去年はコロナで参加できなかった」と話す66歳の女性は、今回で4度目の参加。
「ここへ来ると、認知機能を評価するアンケートがいちばんドキドキします。自分では記憶もそんなに衰えていないと思っていても、単語を忘れていたり、ふとしたことが出てこなかったり。この運動教室では、整形外科などでは検査できない歩行状態の解析などもしていただけます。検査内容が毎年、ちょっとずつバージョンアップされているので、それも楽しみですね」と、運動教室の効用について教えてくれました。

多くの市民ボランティアの参画によってこのプロジェクトが支えられている

会場でお手伝いをしている市民ボランティアは、今岡さんらが主催するボランティア養成講座の受講者です。今回が2回目のボランティア参加という70代の女性に話を伺いました。
「知り合いがボランティアをされているというのを聞いて、興味を持ったのが参加のきっかけです。運動教室に参加している人たちも私と同年代だから、当事者意識も持ちながら関わらせてもらっています。質問の回答が、強くそう思うとか、あまり思わないとか、選択肢がいろいろあるので、参加者の方々は、自分がどれに当てはまるのか悩んでいます。でも、そうやって悩むことで自分の気づきになるので、この自己評価はすごくいいと思います」

健康に関心の高い市民が集まってくるとはいえ、測定検査も自己評価も、自分を客観的に見つめる機会となり、介護予防の意識向上につながっているようです。

貝塚市のイメージキャラクターである「つげさん」をあしらったスタッフポロシャツ

学生にはアクティブラーニングの場

ヘルスチェックには、大阪河﨑リハビリテーション大学の学生数十名も参加しています。貝塚市のイメージキャラクター「つげさん」をあしらったポロシャツを着て、測定を手伝う彼らは、未来の理学療法士、作業療法士、言語聴覚士です。国家試験に合格して資格を取得できれば、その多くは、病院や介護施設などに就職。日常動作の回復や機能維持などを目的に、患者や施設利用者のリハビリテーションをサポートします。男子学生の1人に感想をきくと、「たとえば、計測するときにどんな風に歩いてもらうとかいうことを説明するだけでも、授業で習ったことを実践できるので勉強になります」と元気のよい返事が返ってきました。

大阪河﨑リハビリテーション大学の学生たち

昨今の大学教育は、学生自らが能動的に学習に参加する「アクティブラーニング」という学習方法が浸透しています。ヘルスチェックの参加者に声をかけて歩行状態の解析作業を手伝ったり、握力計の扱い方を教えたりしている学生たちの様子に、不慣れな実習生といった雰囲気はありません。また、高齢の参加者と直接話をすることも、年若い彼らにはコミュニケーション方法を身につける好機となっているようです。

最新鋭の機器で歩行解析が行われていた

産学官連携の意義とこれから

この産学官連携プロジェクトで、当初から大阪河﨑リハビリテーション大学とタッグを組んできた不二製油には、農芸化学や栄養学に詳しい博士号取得者が何人もいます。
「うちの大学には栄養学部がないので、足りない部分を不二製油さんに助けてもらっています。高齢者のなかには低栄養状態(タンパク質不足)の方もいて、栄養状態が悪いときに運動をしても改善どころか逆効果になってしまうので、運動と栄養を両立させることが重要かなと思っています」
今岡さんがこう話すのは、加齢による筋肉量の変化が、高齢者の介護予防に深く影響するからだといいます。
50歳を過ぎると、とくに太ももと臀部の筋肉量は、右肩下がりで減少していきます。それにともない筋力も低下し、転倒によるケガのリスクが高くなってしまいます。筋肉の元となるのは、肉・魚・卵・大豆製品・乳製品などに多く含まれるタンパク質。しかし、これらの製品は、1個あたり20円程度で購入できる卵(鶏卵)を除くと、米や小麦などの穀類と比較して価格が高く、低所得になるほど摂取量が減る傾向にあります。
「このプロジェクトが始まってから不二製油さんの製品を使ってタンパク質(ペプチド)を多く摂取するグループと、摂取しないグループに分けて調査を行ったところ、やはりタンパク質の摂取量が筋肉量にも一部影響することが明らかとなりました」(今岡さん)
いっぽう、不二製油開発企画推進室の長谷川芳則室長は、
「食べ物は、どんなに機能性が高くても、美味しくなければいけないと思っています。弊社は食品素材メーカーなので小売は得意ではありませんが、美味しく食べていただいて、それが健康につながるような食品素材を作っていきたいですね」と語ります。

不二製油 開発企画推進室の長谷川芳則室長

プロジェクトを牽引している今岡さんは、「少しでも多くの方に、私たちの取組のことを知っていっていただき、フレイル・ロコモ・認知症予防を実践してくださる市民の方が増えてほしいですね。私たちが行っていることは、健康づくりに寄与できると信じていますので、そのマインドがたくさんの人に広がればという思いです」と、目を輝かせます。
産学官と市民が連携する貝塚市の介護予防プロジェクトには、高齢化時代の地域力向上につながるヒントが隠されているのかもしれません。

<団体紹介>

市内にある大阪河﨑リハビリテーション大学と食品素材メーカーの不二製油株式会社、市民ボランティア、さらに60歳以上の市民参加者と、2018年から“産学官民”の取り組みをスタート。活動の主な目的はフレイル・認知症予防。ヘルスチェックを通じて得られる情報をもとに、大阪河﨑リハビリテーション大学で、運動機能や栄養状態に関する研究も進めている。「第10回健康寿命をのばそう!アワード」(介護予防・高齢者生活支援分野)で厚生労働大臣 優秀賞 団体部門を受賞。

トップページに戻る