~通いの場からの便り~
気仙沼栄養パトロール(宮城県気仙沼市)

コロナ禍でも機能する栄養パトロールの仕組みとポイント

東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市。住民は住み慣れた家や土地、仲間と離れたことにより、食べる意欲の低下や低栄養になる状況が多く起こりました。そこで立ち上がったのが被災地支援に訪れていた県外の医師や管理栄養士と、気仙沼の医療従事者や高齢者施設などのスタッフたち。食と栄養、口腔ケアに着目し、高齢者に対するフレイル重症化予防を目的とする活動「気仙沼栄養パトロール」を始めました。そのきっかけから栄養パトロールのポイントまで、関係者に聞きました。

✔ポイント
・食と栄養を切り口に、住民が望む暮らしの支援などメンタル面までケア
・専門職を全面に押し出さずに住民との信頼関係を築く
・健康・栄養指導するよりも、まず「話を聞く」ことで絆を深める
・直接支援と間接支援による、手厚いサポート
・医師、管理栄養士、歯科衛生士、介護支援専門員、生活相談員など多職種で構成

「気仙沼栄養パトロール」が立ち上がるまでの軌跡

宮城県気仙沼市は東日本大震災以降、若い世代の流出が増加し、宮城県のなかでも高齢化率が高い地域です。高齢化率(65歳以上の割合)は36.4%、また高齢者世帯数は全体世帯数の約25%にもおよびます(令和2年国勢調査より)。高齢者のなかでは震災以降の慣れない生活環境でのストレスや不安からくる健康状態の悪化も深刻な問題になっています。

震災直後は電動ベッドやエアマットの不調から、褥瘡(じょくそう)患者も急増しました。気仙沼はもともと在宅医療があまり進んでいない地域で、さらに震災の影響による施設の損壊や医療従事者の不足により、高齢者へのケアも手薄になっていました。そこで災害医療支援チームのひとつとして気仙沼巡回医療支援隊という在宅医療支援チームが発足。その活動の中で震災後の約半年間、食や栄養、口腔ケアの支援を始めます。「気仙沼栄養パトロール」を立ち上げた、山梨県の病院勤務で在宅医療に取り組む医師の古屋聡さんも、震災直後から在宅医療支援チームの一員として気仙沼に足繁く通い続けました。

古屋さんは在宅医療支援チームとして活動した後も食支援活動を継続し、県外の支援者や気仙沼の医療従事者、高齢者施設スタッフなどと多職種連携を取り、高齢者の健康・栄養問題に向き合います。そのなかで食と栄養をテーマにした「気仙沼・南三陸『食べる』取り組み研究会」も立ち上げました。この活動を続けるなかで、2015年頃から気仙沼には新たな問題も起きていました。それは、災害公営住宅で生活する高齢者の孤立化です。

整備された災害公営住宅には、高齢者が孤立化する問題も=「気仙沼栄養パトロール」提供

「高齢者が多く暮らす災害公営住宅はマンション型が多く、仮設住宅と比べて周囲との関係が希薄になって外出が少なくなったり孤立化したりすることが増えました。外出しない方は健康状態も不明なことも多く、低栄養やフレイルになっていたとしても状況が見えにくいというのが問題のひとつでした」

災害公営住宅の高齢化率は、気仙沼市全体の高齢化率を遥かに上回ります。そこで、高齢者の食や健康支援をしながら孤立化防止やメンタルケアなどの戸別訪問活動を行うために、古屋さんが管理栄養士の奥村圭子さんとともに立ち上げたのが、「気仙沼栄養パトロール」です。

栄養パトローラーは、「話を聞くこと」「専門職の鎧を脱ぐこと」が大事

奥村さんは栄養パトロールの仕組みを作り上げた第一人者で、以前から愛知県や三重県で栄養パトロールをおこなっていました。

栄養パトロールは高齢者の低栄養予防を目的に、栄養パトローラーと呼ばれる医師や管理栄養士、歯科衛生士、介護支援専門員など多職種で構成されます。そのなかでも「気仙沼栄養パトロール」は、食と栄養、口腔ケアを切り口に住民が望む暮らしなど生活支援することを主な目的としています。その活動は、食や栄養、健康状態に関するアンケートの配布と回収、戸別訪問によるフレイルチェックや健康相談、そしてメンタルケアにまでおよびます。

普段はあまり外出しなかったり、周辺住民との交流が少ない高齢者の自宅にも戸別訪問するので、支援の手が届きにくい高齢者の健康状態や、健康に見えても実は栄養状態が良くない住民までチェックできるのが特長です。奥村さんは気仙沼の状況は他の地域とは違う性質をもっていると話します。

「愛知や三重の栄養パトロールでは過疎地域だからこその問題が多いですが、そこには昔から続くコミュニティがあります。一方、気仙沼は被災したことでコミュニティが一瞬にして崩れてしまったエリアという大きな違いがあります」

災害公営住宅の住民の多くは住み慣れた土地や仲間と分断されリロケーションを繰り返しています。そのなかで起こる不安や不調に対してのケアは、より繊細さを求められます。栄養パトローラーとして大切なことは、「専門職を全面にださないこと」「まずは話を聞くこと」だと奥村さんは話します。

「管理栄養士や介護職などの専門職ですと健康指導や栄養指導をしてしまいがちですが、相手に信頼されないかぎり本質には行き着きません。まず話しを聞いて信頼関係を築かないと、戸別訪問しても『よく知らない人から指導されても』となりますよね。だからこそ専門職の鎧を脱いで、『話しを聞く』ことが栄養パトローラーとしてのスタートになります」

専門職を全面に出さないことで、高齢者との絆も深くなる=「気仙沼栄養パトロール」提供

直接支援と間接支援の両輪で成り立つ

現在、気仙沼の栄養パトロールは、古屋さんと奥村さんをはじめ、気仙沼に暮らす管理栄養士や歯科衛生士、介護支援専門員、生活相談員など計9名で活動をしています。栄養パトロールの仕組みは大きく直接支援と間接支援に分かれます。直接支援は気仙沼在住の7名、間接支援は県外の古屋さんと奥村さんです。

「栄養パトロールは直接支援と間接支援の両輪で成り立ちます。気仙沼に長く住んでいる方だからこそ見えること、逆に気仙沼に住んでいないからこそ見えることがあります。双方の情報を取り入れて分析するからこそ、より手厚いサポートができます」と奥村さんは話します。

データや日常会話など直接支援で得た情報を間接支援で分析・仮説を立て全員にフィードバック。さらに毎月定期的に開催される気仙沼栄養パトロール会議で全員でフィードバック内容などについて話し合い、意見を出し合うことで、高齢者への細かなサポート体制を整えます。

栄養パトロールでは健康問題だけでなく困りごとや相談ごと、ほかにも相手が話したいことを聞いていくことでメンタルケアをしていきます。奥村さんは、「高齢者の方の『食べられない』という問題は気持ちの面も大きくて、心の内を栄養パトローラーに話すことでストレスが緩和されて食べられるようになるケースも多くあります」と話します。実際に、栄養パトローラーと会うことを心待ちにしている方や、自ら栄養パトローラーに相談事を話すことで、健康・栄養状態が良くなる高齢者も増えています。

オンラインで開催される定例会議=「気仙沼栄養パトロール」提供

直接支援をする栄養パトローラーのやりがい

直接支援を担当する気仙沼在住の栄養パトローラーも、活動の意義を日々実感しています。

「住み慣れた土地から離れてしまった高齢者の方の食環境が悪くなっていくのを私たちは間近でみていました。そのときに『皆さんの自立した生活を応援したい』と栄養パトローラーの一員になったのですが、戸別訪問で皆さんと出会うことや仲良くなることが、私にとっての楽しみにもなっています。栄養パトロールの取り組みは地域づくりにもつながっていくかと思いますので、もっとメンバーが増え活動の範囲を広げていきたいと思っています」(芳賀広子さん/管理栄養士)

「最初の訪問のときは笑顔がなかった方も、何度も通ううちに訪問を待ってくれているようでお茶やお菓子を準備してくださる方もいます。このような信頼関係が生まれて育っていきますと、たとえば『乳製品や野菜を多くとったほうがいいですね』『お酒は控えめに』という話なども聞いて実践してくださるようになり、健康への意識が変化されていることを感じます」(熊谷牧子さん/介護支援専門員)

「震災後しばらくは私も仮設住宅に暮らしていましたので、災害公営住宅に暮らす皆さんの気持ちがわかります。だからこそ、何度も訪問するうちに打ち解けてくださって、『待ってたよ』と言われることが嬉しくて、お互いに支えあっている気持ちになります」(梶原幸子さん/管理栄養士)

「私は歯科衛生士ですが、高齢者の方の日常生活や栄養面のお話しをじっくり聞くことは、口の動きや発声などふくめた口腔内環境の確認にもなります。コロナ禍が落ち着いたときには、あらためてフレイル予防や口腔体操などのお話しも皆さんの前でできたらと思っています」(金澤典子さん/歯科衛生士)

「普段は病院勤務で住民の方の生活環境をなかなか見ることができません。それが栄養パトロールでは実際に見ることができて本音の対話もできますので、より寄り添うことができていると思います。戸別訪問した方がこちらの名前を覚えてくださることも嬉しくて、私の生きがいにもなっています」(佐々木恵美さん/管理栄養士)

直接支援を担当する栄養パトローラー=「気仙沼栄養パトロール」提供

新型コロナウイルス感染症の影響下では戸別訪問も難しくなりましたが、それでも電話をすると嬉しそうに話してくれるといいます。 「新型コロナ流行前の戸別訪問で住民の方との関係性ができていたので、コロナ禍でも比較的スムーズに電話で健康状態のチェックや会話にはいれたと思います。電話でも戸別訪問とかわらず世間話がメインになりますが、そのなかでもたとえば『最近むせることが多くてね』というお話しがあれば、一緒に対策を考えられます。電話でも会話を重ねることで『嚥下(えんげ)体操はじめたよ』と健康への意識が高くなっていく方もいるのが嬉しいですね」(千葉亜希子さん/管理栄養士)

コロナ禍では、古屋さんも奥村さんも気仙沼を訪れることがなかなか叶いませんでした。それでも栄養パトロールがうまく機能した理由のひとつが、以前の戸別訪問により信頼関係を築いていたことで電話相談や、郵送によるアンケートの回収率が高かったことがあげられます。そして古屋さんと奥村さんが担当する間接支援の仕組みが確立されていたからこそ支えることができました。

「コロナ禍でも機能するのが栄養パトロールです。栄養パトロールはプラットフォームになりうるもの。たとえば、他の地域で歯科衛生士さんがいない地域でも、気仙沼に住む金澤さんのような歯科衛生士さんが電話でもオンラインでも会話することで口腔状態をチェックすることができます。この場合は、金澤さんが間接支援になるケースですが、そこにその地域を知る直接支援の方が加わることで栄養パトロールになります」

奥村さんは、プラットフォームとしての栄養パトロールを各地に広げて、もっと多くの高齢者の健康や日常をフォローしたいと考えています。

栄養パトロールは、次のフェーズを目指す

気仙沼の栄養パトロールが機能する理由は前述のように「聞くこと」「専門職を全面に出さないこと」「直接支援・間接支援」などありますが、何よりも根底にあるのは“人”だと古屋さんは話します。

「気仙沼の栄養パトローラーの皆さんは、自分たちの職場以外のところで『何が起きているかを知りたい、手伝いたい』という気持ちを大切にしていて、この気持ちをもった方がいるからこそ栄養パトロールがうまくいっています。皆さん本職を持ちながらも貴重な空いている時間や休日を使って、栄養パトローラーとして訪問や会議をしています。だからこそ、次の課題でもあるのですが、この輪を広げるために本職を持ちながらももっと参加しやすい仕組みづくりやこの活動に対する対価の問題などを整えることで、気仙沼在住の栄養パトローラーも増え、より多くの高齢者や困っている方にアプローチできるのではないかと考えています」

「気仙沼栄養パトロール」は、コロナ禍でも機能するモデルケースのひとつで、全国各地に広げることができる取り組みです。古屋さんが話すようにこの気仙沼での取り組みが発展することで、より各地に栄養パトロールが広がっていきそうです。

<団体紹介>

気仙沼栄養パトロール

2018年から、食と栄養、口腔ケアに着目し、孤立する高齢者の方々に対するフレイル重症化予防を目的として栄養パトロールの活動を開始。2021年に「第10回健康寿命をのばそう!アワード」(介護予防・高齢者生活支援分野)で厚生労働省老健局長 優良賞 団体部門を受賞。

*おことわり
記事は2022年9月にオンライン取材したものです。新型コロナウイルス感染症の流行状況によって活動内容が変わることがあります。

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